Effective medicine



炭鉱都市ナルシェに四季という概念はない。
一年中雪が降り続く凍える冬の都市に、春がやってくることはない。



「これ風邪によく効くから。のどが渇いたら飲むといいよ」
「ありがとうマッシュ」
ティナはあたたかいエルダーフラワーのハーブティーを受け取りながら答えた。
見た目に反してマッシュはお茶に詳しい。

このナルシェ特有の気候からか、ティナは風邪をひいてしまったらしい。
人間と幻獣のハーフである自分でも病気にかかるものなのかとぼんやり思った。
つい先日までエドガーの用事(用事があったのは彼の臣下たちのほうであったが)で砂漠の国フィガロに滞在していたせいもあるかもしれない。
日々の戦いの疲れも相まって体温調節がうまくできなかったのだろう。

「ジュンのところには俺たちで行ってくるからティナはゆっくり休んでろよ」
心配そうに、けれど明るくロックが言った。
「きっと疲れがたまってたんだわ。帰ったらなにか体力のつくもの、作らなくっちゃ」
「セリスは作らないほうがいいんじゃ・・・いや何でもない」
かいがいしくティナの世話をしていたセリスがセッツァーを睨む。
「ごめんなさい、迷惑かけて・・・」
「全然迷惑なんかじゃないさ、レディー。休養の機会だと思ってゆっくり休むといい」
「エドガーの言うとおりよ。ティナは頑張りすぎちゃうんだから。すぐに帰ってくるからね」
なにかあったらすぐに呼ぶのよ!と言うセリスとともに出ていく仲間たちを、ティナは笑顔で手をふって見送った。



賑やかな仲間たちが去ると無機質なファルコンの一室は静けさが際立つ。
ここ最近はこんな風にひとりで時間をもてあますことなどなかったから、いざひとりきりになると色々なことを考えてしまう。
帝国のこと、幻獣のこと、そして自分のこと。
考えごとのせいか熱のせいか、頭がぐるぐるするので外の空気を吸いたいと思った。少し甲板に出るくらいなら大丈夫だろう。



「ティナ?!ちゃんと寝てなきゃだめじゃない!」
後ろから声がかかる。部屋を出て数歩で見つかってしまったようだ。
振り向くと小さな鍋が乗ったトレイを持ったリルムが憮然と立っていた。
「あ・・・リルム」
「どこ行くの?トイレ?」
「えっと、ちょっと外の空気を吸いたいなと思って・・・」
「ダメダメ!まだ顔色もよくないじゃん。お昼まだなんでしょ?リルムおかゆ作ったから部屋で食べなよ」
「・・・はい」
せっかくの好意を無駄にするわけにもいかず、ティナは大人しく部屋に戻った。

カイエンの故郷で病気のときに食べるというおかゆは、薄味だが今のティナにはちょうどよかった。
「じじいが薄味のほうが好きだからさ、カイエンに教えてもらってたまに作ってたんだよね。
ほんとは病人が食べるものだっていうのは内緒で。言ったらわしゃ病人じゃないゾイ!って怒るに決まってんだもん」
リルムは口は悪いがストラゴスのことをとても大事に思っている。優しい気持ちが伝わってきて、ティナは微笑んだ。
「そうなんだ。食べやすくって、おいしい。ありがとうリルム」
「どういたしまして。雑用は男共に任せてたまにはゆっくり休みなよ」
余ったおかゆをインターセプターちゃんにあげてくる、と言ってリルムは部屋を後にした。

おなかが満たされたら少し眠気が襲ってきた。まだ少し頭痛もするし、皆の言うとおり体を休めたほうがいいのかもしれない。
そう思って目を瞑った矢先にかたんと音がしてドアの隙間から緑の髪が覗いた。
「ティナあー」
「ガウ?どうしたの?」
「がう。ティナびょうきだって聞いたからガウようす見にきた」
「そんな大した病気じゃないのよ。ちょっと頭が痛くて寒気がするだけ」
「あたまいたいのか?ケアルするか?」
「ありがとう。でも頭痛はケアルじゃ治らないのよ」
どういう原理かはよくわからないが、魔法は病気にはほとんど効かない。ケアルなどはかけたらマシにはなるが気休め程度だそうだ。
しばらくたわいもない話をして、リルムのおかゆの話をしたら「ガウも!」と言って部屋を飛び出して行った。

変に目が覚めてしまったティナは、当初の提案を思い出し部屋を出た。
廊下に出ただけでも冷んやりする。セリスとおそろいで買った赤い毛皮のコートをはおり直して(セリスは淡いピンクを買っていた)
モグをぎゅっとしたらもっとあたたかいかな、などと考えながらふらふらと甲板に向かう。

雪はやんでいた。が、さすがに寒い。
視界に広がる一面の雪景色をぼんやりと見つめながら何度か深呼吸をし、踵を返した。

 帝国の魔導アーマーめ・・・!
 氷漬けの幻獣は渡さん!

視界が真っ赤に染まった。



「・・・大丈夫か?」
目を開けると自分の赤いコートが映った。なぜか地べたに座りこんでいるようなので、立とうとして顔を上げると今度は黒い覆面が目に入った。
「・・・シャドウ」
「ここに倒れていた。病人は大人しく寝ていろ。戦いに支障が出たら迷惑だ」
「・・・ごめんなさい」
ティナは素直に謝った。思えば今日は皆に心配をかけている。
シャドウはゆっくりとティナを立たせると「部屋まで送ってやる」と言って歩き出した。

「どうもありがとう。もう歩き回ったりしないから」
「・・・・・」
シャドウに礼を告げて部屋に入ろうとしたとき、自分の肩を見慣れない黒いストールが覆っていることに気付いた。
「あっこれ・・・」
慌てて廊下を振り返ったが、すでにシャドウの姿はなかった。
単に忘れて行ったのか、それとも使えということなのだろうか。ふと壁にかかっている鏡を見ると、なるほどお世辞にもいいとは言えない顔色をした自分がいた。
唇は紫に染まっている。
コートを脱いで代わりにストールを体にくるみ、マッシュが入れてくれたお茶を飲んでティナは眠りについた。



「ティナー!具合はどう?」
ノックもそこそこに素早くドアが開く。手ぶらのセリスと買い物袋を抱えたロックとセッツァーだった。
「うん。もうほとんど大丈夫。熱も下がったし」
「顔色も随分よくなってるわね。よかった。念のため今日一日はゆっくり休んでるのよ。一応薬買ってきたんだけどいらなかったかしら」
「・・・セリス、俺たち先に荷物置いてきていいか?」
ティナには特に過保護なセリスに男二人は控えめに聞く。
「あっそうねごめんなさい!じゃあティナ、また後でね」
「今から皆でティナのためにスペシャルディナー作るから楽しみにしてろよ!」
下準備組は誰と誰だの、あの鍋はどこだのと賑やかに相談しながら出ていく仲間たちを見て、ティナは売られている薬よりももっとよく効く薬があるということを実感した。



痛くて寒かったけれど、皆の気持ちはこんなにもあたたかい。










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*あとがき*
6のメンバーは仲がよさそうですよね。誰と誰が組んでもいけそう。
ティナは皆から好かれていると思うんですよ。見ていて危なっかしいから何とかしてあげないとーみたいな。
特にセリスとは仲良しがいい。
さりげなくシャドウ×ティナを入れてみました。これ以上は恥ずかしくて書けません。
心配しているのをばれないように冷たく言い放っているのですがそんなものティナには効きません。
あと魔法の概念は想像です。魔法が効くのはあくまで体の表面ってことで。
ごく稀にデスみたいな例外がありますが、どうなってるんでしょう(笑)あれは内面に効いてるよな。
そこまで深く考えていないので、この辺をまた書く機会があればもう少しちゃんと考えます。
あとドマは日本の文化に近いのではと考えています。